人生、難あり

若俳推し活備忘録

未知との遭遇・後編

遂にやってきた公演楽日。

詳しくは前回のエントリをご参照ください。

 

その日は確か晴れだったと思う。友人と共に会場へ向かうと、そこにはやたらと可愛い女子が大量に集まり、スタンド花の写真を撮ったり友達同士で写真を撮ったりするのが見られ、一瞬ここが舞台を観に来る会場というのを忘れてしまう程だった。友人曰くこの劇団を推してる子たちは10代〜20代の若い子が多いらしいとのこと。時折聞こえるバイトや学校、それから出演メンバーについての話題で盛り上がる声に微笑ましさを覚えつつ、私はひとまず席に向かった。

今回の舞台はとある恋愛シュミレーションゲームを舞台化したもので、更に劇中、推理ゲームのパートが加わる特殊なシナリオを敷いている、少し変わった舞台であった。友人からの前情報で推理ゲームの攻略法と当該パートの見どころを知っていなければ、恐らくちんぷんかんぷんのままで、観劇を終えていたかもしれない。

ちなみに舞台の感想はというと、推理ゲームのパートになると役者さん自身の「素」が出てしまい、進行具合がぐだぐだになる場面がちょこちょこあったりはしたが、客演の方のアドリブ力で笑いに変わってむしろ良かったところもあった。残念ながら千秋楽の某くんはゲームの終盤を迎える前に離脱となってしまった為、見せ場のセリフを聞けなかったことが個人的には今でも惜しい。

そして気がつくと舞台は無事に終わりを迎え、物販開始のアナウンスが流れると同時、ロビーに向かってぞろぞろと人が移動し始めた。いよいよ例のファンサービスがスタートするのだ。

緊張による手汗を拭ってロビーに出、ブースの前から少し離れたところに居た友人と合流し、推理ゲームの結果だったり舞台の感想だったりをつらつら語って暫く待つと、通用口からぞろぞろとキャストがやって来た。

にこにこと微笑みこちらに向かって手を振るキャスト。ロビーに群れる女子から上がる黄色い歓声。しかし某くんはこちらをちらと見ることもなく、緊張の為か仏頂面でスタスタと前を通り過ぎ行き、そしてひとことぽつりと言った。

 

某くん「……ありがとうございますー……(超小声)」

 

無愛想過ぎる!!!!!

 

某くんがかなりの人見知りなことは友人からの情報によって既に認識していたものの、この塩っぷりには思わずポカンとするしかなかった。そんな私を見て友人は「某くん、割とこんな感じですよ」と笑ってフォローを入れてくれたが、いくらなんでも塩過ぎるだろう。それでも間近で顔を見られただけでも充分だ、と思うことにし、私はひとまず列に並んだ。某くんはやっぱり後ろの方に引っ込んだまま、なかなか前には出てこない。しかしそれから数分後、スタッフさんが某くんに向かって何やらぼそぼそ呟くと、彼はのろのろとブースの端へと移動した。するとブースの列に向かって、スタッフさんがこう言った。

 

『えー、次回の本公演のチケットですが、本日こちらで購入出来ます!ただいま某くんが販売担当で立っておりますので、ご希望の方はこちらにどうぞ、お並びください!』

 

……哀れ某くん、半ば無理矢理ブースの前に駆り出され、直立不動になるの巻。しかし何度もスタッフさんが『楽日以外はS席あります!この機会に是非!』とアナウンスするにもかかわらず、誰ひとりとして並ばない。某くんの立つブースの前で遠巻きに彼を眺める列は出来ているのに、チケットを売るブースの前には列が無い。これは一体どういうことだ?とそわそわしながら首を伸ばして向こうを覗くと、背後に並ぶ友人が、私に向かってこっそり告げた。

 

「皆とっくに(当該チケットを)持ってますからね。ここでわざわざ買うって人は、あんまりいないと思いますよ」

 

考えてみれば確かにそうだ。熱心なファンなら既に次回の公演をチェックし、チケットを押さえている筈だ。であれば今のターゲットはむしろ、この公演で劇団員に興味を持った層になる。しかもチケットはまだ余っていて、捌く機会も他になかなかないのだろう。某くんをわざわざブースに立たせた目的がそこにあるのなら、もしもこのまま誰ひとりとしてブースに来ない場合は、つまり。

私は財布をおもむろに開き、所持金額を確認してみた。これから自分が買おうとしているパンフ1部とブロマイド10枚。その金額を差し引いてみると、ちょうどチケット1枚分の額面が残る計算となった。

 

「私、次回のチケット買ってきます!!!!」

 

私はグッズの会計を済ますと、すぐさまダッシュでチケットブースの前に走った。そして慌ててスタッフさんに「すいません、楽日のA席1枚ください!」と告げると、手にしたパンフとブロマを机にばさりと置いた。ちなみにこの時某くんはパーテーションの裏へと再び引っ込みかけていたのだけれど、チケットを買う私に気付き、慌ててブースに戻ってくれた。そして机の上に置かれたブロマが自分のものだというのを見、あっ!ありがとうございます!と言ってぺこりと頭を下げた。

 1ヶ月前に観たあの舞台。板の上に立つ某くんを、初めてこの目で観た舞台。観客席から遠く姿を観ていた彼が、すぐ目の前で頭を下げてくれている。非現実的なその状況に、私はまんまとパニックを起こした。とにかく何か、ひとこと何かを言おうと思って口を開いたその瞬間、ついついうっかり『彼が演じた例のゲームのキャラクター』が劇中で呼ばれる愛称で、某くんのことを呼んでしまった。

某くんもさすがにこの場でその名を呼ばれようとは、まさか思っていなかったのだろう。彼は両目を大きく見開き、驚いたように「えっ!?も、もしかしてみ、観てくださったんですか!?ええー!?」と私に言うと、うわー……ありがとうございます……すげー嬉しいです……と照れ隠しなのか小声でぼそぼそ呟きながら、またぺこぺこと頭を下げた。

正直言って意外であった。何しろ彼のツイートを見ると、舞台の話をする以外には大概自撮りの写真と共に、若い子であれば好むであろう『日常生活のチラ見せ』か、もしくは『メンバーと一緒に楽しく遊んだご報告』を、可愛い絵文字をふんだんに用いてツイートするのが主だった為、私はてっきり、いつもしているツイートのようなチャラい感じで「わー!こないだの舞台、観てくれたんスか!どうもあざっす!マジ嬉しっス〜!」と言ってくるかと思っていたのだ。ところが彼は私の予想を大きく裏切り、見ているこちらが申し訳なく思うくらいにたどたどしくも一生懸命、感謝の言葉を伝えてくれた。

ここからは私の主観になるが、例の舞台で自分がAを演じることは、彼にとってはかなりの圧であったと思う。実際彼は公演前に「この作品に自分が出演するにあたって、色んな意見があるのは充分解っています。だけど自分は出来る限りの精一杯を、芝居にぶつけるしかありません」というツイートをしていて、そのあと暫く自分がどれだけ本気で舞台に向き合い、どれだけ役を大事に思って演じているのか、初日を迎えるその日まで、思いの丈をとにかくひたすら呟いていた。なので恐らく『誰かに自分の演じたAを《良かった》と言ってもらえる』かどうかを、彼は相当気にしていたのではないのだろうか。特に2.5次元舞台となれば芝居の技量は当然のこと、キャラにどれだけ忠実であるかを観客からは求められ、シビアな評価を下されるのだから。

本来ならばこの時この場で伝えるべきは、今インプットされた舞台の感想なのだろう。推理ゲームは見ていてかなりハラハラしたとか、殺陣がめちゃくちゃキマっていたとか、褒めちぎる言葉はいくらでも出せた。しかし私が某くんに向けてまず1番に伝えたかったのは、Aを演じてくれたことへの感謝の言葉、それだけだった。

 

いつか舞台の再演があったら、必ずまた、絶対にAを演じてください。その時が来るのを待ってます。

 

そう言ってぺこりと頭を下げると、某くんは真っ直ぐこちらを見ながら、はい!とひとこと返してくれた。とても真面目な顔をして、こちらをじっと見つめてくれた。私は再度頭を下げて、そそくさとその場を後にした。極度の緊張と興奮によって震える手足を必死に動かし、友人と共に会場を出ても、暫く頭がぼんやりしていた。

こうして私の推し活は、ゆるゆるながらもスタートを切った。いつか再び舞台の上でAを演じる『推し』を観られるその日が来るのを目標にして、推しの仕事に投資をしよう。そんな決意を胸に込め、今日も私は推し活に励む。

 

ちなみに推しは今年再び、1年振りにAに扮して舞台の上に立つ予定です。意外に早く目標達成がなされてしまって若干拍子抜けですが、また新しい目標を立てて、ゆるゆるのんびり頑張ろうかと思います。