人生、難あり

若俳推し活備忘録

反省だけはしたくない話

今回のブログは1年前の《とある舞台》を観に行った当時を振り返りながら、これからのことに思いを馳せる、独白的な内容になります。

多分恐らくわかる方なら「ああ……」とお察しくださるだろうと思われますが、何卒ご理解、ご了承のほど、宜しくお願い申し上げます。

 

前述にある《とある舞台》を観に行った当時、私は推しを“推そう”と思って推し始めてから2〜3ヶ月が経ったばかりの、若葉マークのゆるオタでした。なのでその為、当該舞台の上演が決まった当時の企画は『知ってはいたけど参加はしてない』状態でしたし、公演初日が間近に迫った頃に漸く、当該舞台に『特殊なシステム』に基づく演出があることや『ただチケットを買って観に行くだけでは“応援した”とは決して言えない』仕組みがうっすらわかったという、申し訳ない状態でした。

言い訳はふたつ挙げられます。推し活を始めるスタートダッシュが遅かったから。当該舞台に関する知識が殆ど皆無であったから。ただ後述の言い訳については「いやいやそれでも必死に調べりゃ、それっくらいはわかるでしょ???単なるリサーチ不足でしょ??お前一体、何言ってんの????」と今尚自分を悔いてますので、もし今この場にタイムマシンがご用意されたら、2年前まで戻りたいです。切実に。

前エントリーでも述べていますが、個人的には当該舞台のあのシステムとプロデューサーのあの方を除き、それ以外には特に嫌悪を感じていません。むしろ観るのは楽しいですし、推しが舞台に全力を出して臨む姿を応援するのも楽しいですから、そこの部分は割と穏やかでいられます。板の上に立つ推しをこの目で観られるだけで有難いマンのクソオタクなので、初日の幕が上がってしまえば無問題。あとは自分が密かに掲げた目標に対し、反省点を残したまんまで大楽の日を迎えなければ無問題。ただ、納得いくまでやるだけやったその結果、力が及ばず終わるのであれば自分に向かって「くっっっそ!」と舌打ちしとけば気も済みますが、自分がも少し何とか出来れば《どうにかなったのかもしれない》と、反省するのはもう御免です。それだけは絶対回避をしたい。推しが舞台で微妙な顔になるのはなるべく、自分の為にも見ずにいたい。……と、クソオタクなりにつらつら真面目に考えています。

しかし今回悔しいことに、私にとっては必殺技の『もしよかったら舞台のチケットプレゼントするので、私の代わりに歌って踊る推しの姿を是非とも1回観に来てください!お願いします!!!』が、全くもって使えないんですよね……仲良くしている他担のオタクは用事があったり仕事がある為大半の方はお誘い出来ず、それでも何とかかろうじて◯人、有難いことに「1度は観たいと思っていたので!」と快諾をいただきご招待させていただけたものの、平日はなかなか難しく……そりゃそうですよね月末ですし……社畜にとっては厳しい日程ですよねホント……。

 

とりあえず頑張ろ。自分を鼓舞しよ。

なんらかの成果は残せるように!