人生、難あり

若俳推し活備忘録

熱情はまだ残ってる話

つい先日のことですが、今まで私が2次元オタクとして生きてきた中で恐らく1番の情熱を傾け、そして同時に若俳沼にドボるに至るきっかけとなった某作品の、コンテンツとしての《最後》を飾ったライブ舞台の円盤が、遂にリリースされました。

爆音にノってキンブレを振り、声枯れ果てるまで叫びに叫んで叫びまくった、あのライブから4ヶ月ちょい。その間私は外部の舞台に出演している推しを観るべく東京に行ったり広島に行ったり大阪に行ったりしながらも、推しが今春出演を控える舞台のチケを必死で押さえ、その一方で推しが属する小劇団のライブに足を運んでみたり、数日前にリリースされた推しの出ている別の舞台の円盤を観ては「推しは!やっぱり!歌がうまい!」「推しは!やたらと!お顔が綺麗!」と、ひとりでギャーギャー騒いでいたりしていたのですが、当該舞台の円盤がとうとう我が家に届いたその瞬間、4ヶ月前のあの日のことが色々一気に思い出されて、円盤片手にさめざめ泣いておりました。ちなみに推しも円盤を観て「ボロボロ泣いた」とコメンタリー(?)で述べてましたが、確かに泣くのもしょうがないかと思います。どんなものでも必ず全てに終わりがあって、終わりを惜しんで哀しくなるのは当然であって、ましてやそれに情熱をどれだけ傾けていたかを何となくには知っているだけに、こうして今でも「最高だった」と言い続けてくれる推しには本当、感謝の言葉しかありません。

思えば推しを『推そう』と決めて、舞台やイベや即売会で「必ずまた、あの役として舞台の上に立ち上がって欲しい」と、ことあるごとに伝え続けてきた1年半。キャス変を受けて初めて立った舞台と今とを見比べてみると、役を演じる自信というか、責任感がめちゃくちゃ強くなってます。実際のところ、今作舞台の特典映像内での推しは「1年前よりも絶対に(役の衣装が)似合っていると思います!」と頼もしいことをにこやかに言い、上演前の記念イベントにおいても始終、にこにこしながら舞台にかける意気込みだったり自分がいかに当該舞台を楽しみにしているかを語り、稽古の間も生き生きとした様子を見せて、当時見ていて何と無く感じた《遠慮》のような雰囲気は無く、自分が今まで培ってきた役者としての集大成を見せようとしている、そんな決意が感じられました。

やや個人的な見解というか、クソなオタクの戯言のようなものですが、2.5次元舞台において役者が1番に求められるのは『いかにその役、その作品を大事に思って演じているか』と『いかにその役、その作品に出てよかったと思っているか』だと思うので、そういう意味ではあの役として再び名前を連ねた今回、推しにとっては役者としての正念場であり、旅立ちであり、そして新たなスタートラインとなった舞台であったんじゃないかと考えています。これは以前のエントリーでも散々語ったことなのですが、キャス変を受けてのカンパニー参加と、大先輩から引き継いだ役を、新人の自分が演じるという圧。そして同時に多方面から下される、役を担ったことへの評価。大きな舞台に出るのはこれが初めてだった推しからすれば、精神的にも厳しい中での参入だったことでしょう。ですがそこから1年の間、精力的に仕事をこなし、場数を踏んできたことにより、今作においては「大変だったけど、辛くはなかった」とその胸懐をカテコで素直に語れるまでに、推しは大きく成長しました。ただあの言葉には周囲も一瞬「?」となっていましたし、人によってはちとひっかかる意味合いとして受け取られたかもしれませんけれど、私は推しがしっかり自分の役と向き合った結果、その役としてステージの上に立ち上がることに不安や負い目を感じることなく、◯◯役の『◯◯』として最後の舞台に臨めたことを表した、言葉であったと受け取っています。たとえホントは不安だったり辛かったりが1年の間にあったとしても、それを決して口には出さずに「出られたことを光栄に思う」と言い切った推しを、私はめちゃくちゃ『推しを推してて良かった!』と、心底誇りに思います。

 

来月にはもう次の舞台の幕開けを迎え、触れる話題もこれから先の舞台の話になっていくのでそこは正直寂しい気持ちもありますけれど、でもまたどこかでふと振り返っていただく機会があった時には、あの作品を今でも好きないちファンとして『やっぱり◯◯大好きだ!』と、伝えられたら嬉しいです。そして出来ればいつかまた、あの役として舞台の上に立ち上がってくれる、推しの姿を拝めますように!