人生、難あり

若俳推し活備忘録

推しへの手紙についての話

そういや今から大体半年前のこと。私はブログで接触現場の徒然を綴るその冒頭で『オタクの鑑になれたら』と、そういうことを呟いてました。推しからすれば名前も顔もわからないようなオタクだけれど、いつも必ず舞台を観に来るオタクであるのはわかってもらえる。そんなオタクになれたらいい、と。

オタクの鑑になりたかった話 - 人生、難あり 

ちなみにあれから半年後の今。クソなオタクはここ最近、推しの舞台を観に行く為に東へ西へとは駆けずり回っていた訳ですが、半年振りに推しの属する小劇団の本公演を実は先日観に行きまして、半年振りに推しと会話をしてまいりました。お見送り会での一方的な声がけを除けば、今年お初の会話です。ひとまずいつもの「今日はホントにお疲れ様でした!」という挨拶をしたのち、今日観た舞台の感想を述べ、ついでにフツーの会話もし、そしてそれから「いやもう色々お疲れ様でした。◯◯(=長期公演の外部舞台)も本当、お疲れ様でした」と、推しに向かって締めの言葉をかけましたところ……

「手紙、有難うございました。いつも元気を貰ってました」

と、いきなり真面目に言われまして。

確かに手紙は出していました。観に行く度に毎回必ず出した訳では無いものの、大体にして週1ペースで、プレと一緒に出してはいました。そういや去年、今から数えて半年前の《とある舞台》の特典会でも、推しはオタクの顔を見るなり「いつもホントに有難うございます。手紙もさっき、早速読ませていただきました」と開口1番そう言いました。実際その日は前述の舞台が楽を迎える日であったので、プレボに手紙は入れていました。思い返せばこの時も、公演期間は週2ペースでプレと手紙を入れていたかと思います。ですがそれより以前の現場も手紙はその都度入れていて、会話の内容から察するに「多分手紙を読んだんだろうな」というのはちょいちょいありましたけれど、しかし推しから面と向かって『手紙を読んだ』と言われたことは無かったもんで、更にこちらが『手紙を書いた』とアピった返しで言われた訳でもないもんですから、クソなオタクは動揺のあまり「いつもお手数おかけしてます!!!」と頭を下げて、すたこらさっさと立ち去ってしまい……半年経っても結局コレかい……(完)

 

多分恐らく外部の舞台を観に行く度に『今日の舞台はここが良かった』『◯◯のシーンは前回以上にアガってた』『周りの人から「推しさんのここが良かった」と絶賛された』『先日の舞台は表情の変化をガン見した』などと、さながら推しの観察日記と化したファンレを投げ込んでいるクソなオタクはそうそう多くもないのでしょう。そして毎回『どうして自分が推しの舞台を観に来ているのか』をクッッッッソ真面目にビジネス視点で語りまくってるクソなオタクは、まず間違いなく私くらいだと思います。そんなファンレをプレボに投げ込むオタクの姿が果たして推しにはどう見えるのか、それはこの際置いとくとして──ひとまず推しに《手紙をきちんと読んでもらえた》ことに多大な感謝の意を示しつつ、これから推しがクソなオタクの顔を見る度『あっ!いつもクソ長い手紙を寄越してくる人だ!』と反応せざるを得ない未来に深く謝罪し、今度ファンレを書く時は絶対、書いた中身の控えを取ろうと決意を固め──クソなオタクはコーヒーをちびちび啜りつつ、今夜も推しに手紙を書きます。

 

それでは皆様、良き推し活を。